なぜ、今、日本でDXが議論されるのか 〜 注58

公開: 2021年5月6日

更新: 2021年6月3日

注58. 産業革命と富の分配

17世紀にイギリスで起きた産業革命は、思想家、ジョン・ロックが唱えた民主主義の基本のうち、国民が獲得した富の保全を基礎として、資本主義を生み出した。資本主義では、国家が介入しない自由な市場において、生産者が自分の資本を投入して生産したモノ(goods)を、その購入を希望する購買者と合意した価格で、購買者に売り、その生産に要した費用を差し引いた利益を得ることができる。この資本を投下して、利益を得るからくりが出来上がり、それまでは王や貴族だけが独占していた富を、誰でも獲得し、蓄積することが可能になった。

この資本主義では、生産工場のために必要な土地、生産に必要な労働力、そして工場の建設、労働者の雇用、原材料の購入に必要な資本を持つ者であれば、王や貴族でなくても、誰でも富を蓄積することができる。この時、労働力を提供する労働者に、どれだけの賃金を支払うべきかは、労働市場における需要と供給のバランスで決まる。不景気で、労働力が過剰であれば、安い費用で労働力を確保することもできる。しかし、好景気になると、労働力が不足するので、労働力を調達するためには、多額の費用を要することになる。労働に支払う金額が増えると、生産しても得られる利益は小さくなる。

資本主義社会では、この好況と不況の期間が、周期的に到来するので、資本家も労働者も、富を得やすくなったり、富を失ったりする。経済自体が不安定なのである。マルクスは、この景気循環が資本主義経済の問題の根源であるとして、共産主義を提唱した。資本主義を守った人々は、この経済の不安定さを抑えて、できるだけ安定的に経済を運営するため、市場における独占を禁止したり、労働者の雇用を安定させるために、景気の動向が直接的に雇用に影響しないようなやり方を模索した。労働者が市場で資本家に労働力を売るための手段として、労働組合を結成したのも、そうした模索の一つの例である。

資本主義社会では、そのような制度の改善をしながら、これまで、産業革命以降の200年間に渡り、年率で約2パーセントの成長を続けてきた。それは、人類の歴史の中で、特筆すべき出来事だったのである。中世のヨーロッパでは、1000年以上の間、経済は成長していなかった。平均で、ゼロパーセント成長だったのである。そのため、世界人口もあまり増えなかった。産業革命以降、世界の人口は、人々が豊かになったため、少しずつ増加している。日本でも、江戸時代の人口は、3千万人程度と推定されているが、明治期に5千万人、第2次世界大戦前に7千万人と増加している。

参考になる読み物

「豊かさ」の誕生、ウイリアム・バーンスタイン、日本経済新聞社、2006
経済と自由、カール・ポランニー、ちくま学芸文庫、2015